Episode05 弱った心に付け入る悪魔(前編)

私が大人しい性格に育ったのは家庭環境の影響なのか元来の性格なのかは定かではありませんが、母に向かって怒鳴り物に当たる父の姿を見せられてきたことにより、自分の気持ちを押し込めるようになりました。

自分の考えなど主張したところでろくなことがない。

黙って。相手のご機嫌を窺って。とにかく静かにしていればいい。

まだ子供の私はそんな非力な防衛手段で恐怖を凌ぎ毎日を乗り切っていました。

しかし、そのような弱った心に付け入ってくる輩というのは必ずいるものです。

私は小学校5年生の時に父の転勤により学校を転校し、学年で一番威張っている人達に目を付けられていじめられました。

いじめの現場は主に私の家。

いじめっ子達は私の家に来るとお菓子がたくさん出てくるので、何度も遊びに来てはお菓子や食べ物をがめつくたかってくるんです。

私はみんなが楽しく遊んでいる中、一人だけ召し使いのように部屋と台所を行ったり来たり。

私が台所から部屋に戻ってくるとみんなが何だかニヤニヤしているんです。

何だろうと思ったら、麦茶が入った私のグラスにクッキーやらポテチやらお煎餅やらがぐちゃぐちゃに混ぜて詰められていました。

そしてそれを飲んでみてと言われたのです。

いじめとからかいと言うものの境界線は曖昧です。

嫌だという気持ちは確かにありました。

でも、いじめっ子はときどき自分に優しくしてくれるし、こんな大人しい私とよく遊んでくれている。

もしここで私が嫌だと言って拒否してしまったら家にも学校にも本当に居場所がなくなってしまうかもしれない。

それならいっそこれはテレビ番組でお笑い芸人がやっている不味いジュースを飲む罰ゲームや度胸試しだと思えばいいんだと自分に言い聞かせ、私はお菓子の混ざった麦茶を飲みました。

私は不味いと言って笑いました。

笑うんです。

居場所を守るためにはへらへらと笑って平和にやり過ごすしかなかったのです。

お菓子とお茶でぐちゃぐちゃになった飲み物の味はまるでその時の私の感情を表しているようでした。

母はいじめであることは知っていたのですが気が弱く、私を陰から傍観しているだけでした。

それでも母がせっかくもてなしてくれたお菓子をこんな粗末にされたところを絶対に見せたくなかったので、私はベランダへ出て屋根に残りを捨て、急いで洗面所でグラスをすすぎました。

のろまでとろいから「とろま」と呼ばれ。

少しでも反抗すれば物を投げ付けられ。

雨の降っている方向に傘をさせずに「ちげーよ!」とキレられ、ずぶ濡れになりながらいじめっ子に傘を差す私。

プールへ遊びに行く約束をしていたのに面白いからとわざと置いていかれ。

ゲーセンで私のお金を使い遊び、お金がなくなれば取ってこいと指図を受けて一人自転車を漕いでお金を取りに行かされ。

学校行事のプラネタリウムで頭が臭いから椅子に頭を付けるなと言われ、星などろくに見れず。(不潔だったとかではないです。)

何故、いじめで追い詰められてしまう前に嫌と言えないのか。

私には少し分かる気がします。

私個人の場合ですけど…

逃げることは簡単です。

でも、現状維持でさえ精一杯で傷付いているのに居場所、リスク、更なる苦痛、この先どうなっても構わないと思える覚悟というものは傷に比例する程の大きさを持っているはずです。

怒鳴る父には絶対に相談できない。

以前嫌がらせがあった時に父は学校に乗り

込もうとしたり、加害者の両親と対立したりしそうになり慌てて止めました。

しかし、その動機は私が心配なのではありません。

私が心配なのではなく、自分が正当に怒りを発散出来るものを探しているんです。

身勝手な正義感で人のミスや失敗、力の無さ、相手に非があればすぐさま揚げ足を取りたいだけです。

学校を批判出来ないのであれば標的は私や母に代わりに、はっきりと断れない性格のおまえが悪い。甘やかしすぎだ。

などと怒りの矛先を容易く変えるでしょう。

担任の先生に相談したこともありましたが、いじめっ子達に謝らせ、仲直りをさせようとするだけで何の効果もありませんでした。

私をいじめていた主犯格は学年一威張っている人達でしたので担任は完全に舐められており、クラスは荒れに荒れ、調子に乗っていると何人ものクラスメイトが標的にされ不登校になる子が相次ぎました。

その後も私は食べ物をたかられ、嫌がらせされる日々は続き、中学に上がると更にエスカレートしていきました。